本田大三郎
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本田 大三郎(ほんだ だいさぶろう、 1935年2月17日[1] - 2025年8月10日)は、日本のハンドボール・カヌーの選手。熊本県八代郡坂本村出身[2]。日本初のオリンピックカヌー選手で、1964年東京オリンピックで正式種目として採用されたカヌー競技へ出場した[3][4]。
熊本県立八代高等学校・日本体育大学体育学部体育学科[注釈 1]・自衛隊体育学校卒業。横浜市消防訓練センター体育訓練担当教官(課長)定年退職。その後は各大学のカヌー部コーチを経て、神奈川県の三浦市にあるマホロバ・ホンダカヌースクールの代表役を務めている[5][6]。
八代高校時代にはハンドボールをして、キャプテンを務めた。日本体育大学に進学した後には全日本にも選ばれ、国際大会にも出場した。経済的な問題があり大学を中退[注釈 1]。その後自衛隊に入隊、自衛隊体育学校ではハンドボールの他、ラグビーなどの指導に当たっていた。1964年東京オリンピックにはハンドボール競技の開催が予定されており、本田も出場する予定であったが急遽開催が見送られ、代わりに正式種目として採用されることになったカヌー競技への出場が決まった[3][4]。3年間の練習を積み重ね岩村俊一と共に出場した1,000mのカナディアンクロスの種目であったが、最初は先頭に立ったものの終盤で失速し、予選敗退に終わった。1972年ミュンヘンオリンピックには協会強化コーチとして選手団に同行した。
日本体育大学元在籍者としてカヌー競技の発展に尽力し、同大学の発展と名声獲得に寄与したことが評価され、2014年3月10日に同大学より特別卒業認定を認定された。このとき、サッカー解説者・松木安太郎も本田と同時に特別卒業認定を受けている[5][6][7]。