本田桜二郎
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経歴
2023年4月大牟田高等学校入学。大牟田高は全国高校駅伝福岡県予選にて2年連続で敗退していたが、本田は7区区間賞の走りで2年ぶりの全国高校駅伝出場に貢献した。翌年は全国高校駅伝にて2位入賞するも、大牟田高が磯松大輔を駅伝部監督に就任させるとともに、元監督でヘッドコーチの赤池健を降格することを発表した。これを受けて赤池は異動を決断し、本田を含む全19人中、競歩を専門にしていた佐々木奏多を除く18人も赤池を追って鳥取城北高等学校へ集団転校した。転校後はインターハイ路線へは進むことができなかったものの、本田ら転校組のメンバーは数々の記録会で好記録を連発し、全国高校駅伝に向けて力を蓄えていった。全国高校駅伝鳥取県予選では全員が転校組のメンバーで優勝し全国高校駅伝出場を決め、全国高校駅伝ではもともと鳥取城北高に在籍していた選手1名、本田ら転校組のメンバー6名で戦った。本田は2年連続の1区を務め、区間賞を獲得した増子陽太、区間2位の新妻遼己には及ばず日本人区間記録を更新することはできなかったが、それでも区間3位に入り、鳥取城北高の4位入賞に貢献した[1]。また全国高校駅伝終了後に増子、新妻とともに早稲田大学に進学することが早稲田大学競走部から発表された。
2026年3月14日、1マイル競走にてロードの日本記録を更新し[2]、同学年の久保凛に続いて高校生での日本記録保持者となった。