本田秀伸

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本名 本田 秀伸
通称 ディフェンスマスター
国籍 日本の旗 日本
本田 秀伸
基本情報
本名 本田 秀伸
通称 ディフェンスマスター
階級 ライトフライ級 - スーパーフライ級
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1975-09-27) 1975年9月27日(50歳)
出身地 宮崎県西諸県郡高原町
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 39
勝ち 32
KO勝ち 14
敗け 7
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本田 秀伸(ほんだ ひでのぶ、1975年9月27日 - )は、日本の元プロボクサー。第25代日本ライトフライ級王者。宮崎県西諸県郡高原町出身。日章学園高等学校卒業。

中学時代は少林寺空手で初段を取得。日章学園ではボクシング部主将を務め、高校総体フライ級で10位の成績を残し卒業後、大阪のグリーンツダボクシングジムへ移籍した。

1994年9月19日、大阪府立体育会館でのジュニアバンタム級(現在のスーパーフライ級)4回戦でグリーンツダジムからプロデビュー。3RKO勝利を収めた。

1996年12月3日、プロ10戦目で日本ジュニアフライ級(現在のライトフライ級)王座を獲得し、1999年1月までに6度の防衛を果たす(後に返上)。ジムの先輩井岡弘樹山口圭司や、東京に出稽古した際の帝拳ジム八尋史朗らとのスパーリングで実力や技術を蓄えていった。

王座返上後、OPBF東洋太平洋王者やタイ王者等との試合を精力的にこなし、WBAWBC共に、世界ランキングを2位まで上昇させる。この時期と前後して、紙一重で相手のパンチを見切り、相手のパンチを殆ど食らわない本田のボクシングスタイルを象徴するニックネーム「ディフェンスマスター」が定着した。

2002年11月26日、ポンサクレック・クラティンデーンジムの持つWBC世界フライ級王座に挑戦。ポンサクレックの強打を殆ど回避するという高度なディフェンス技術を見せるも、手数の少なさが災いして12R判定負け。

2003年10月4日、両国国技館にてデビュー以来23連続KO(ベネズエラ連続KO記録)中のWBA世界スーパーフライ級王者アレクサンデル・ムニョスの世界王座に挑戦した時も12R判定で敗れたが、ムニョスの強打を空転させ、ムニョスの連続KO記録をストップするなど、高いディフェンス技術を見せた。

2004年8月7日、プロ5戦目の新鋭名城信男と対戦。この試合は本田にとって3度目の世界挑戦の前哨戦となるはずであったが、よもやの10回判定負け。この敗戦で世界ランクから脱落し、1度目の引退。なお、この試合に勝利した名城はその後、2006年7月22日に8戦目でWBA世界スーパーフライ級王座を獲得する。

2006年10月29日、2年ぶりの試合でウォー・バルティキルを相手にほぼフルマークの判定で勝利し、再起に成功。同年12月30日、元OPBF王者で現役タイ王者のクマントーン・チュワタナと対戦し、危なげなく10R判定勝利。再起2勝目を飾り、日本・東洋ランキングに復帰。

2007年3月20日、元日本スーパーフライ級王者で世界挑戦経験者の名護明彦と対戦。専門誌等では本田の勝利を予想する声が多かったが、0-2の判定で敗れる。12月24日に一戦し判定勝ちを収めた。

2009年8月29日、王者のホームタウン三次市中広大悟の持つ日本スーパーフライ級王座に挑戦し、93-97、95-96、95-95の0-2で判定負けを喫した。同年12月28日の再起戦では日本スーパーフライ級9位として日本バンタム級3位の冨山浩之介とバンタム級6回戦を行い、2Rにダウンを奪って3-0(59-55、59-55、58-56)の判定勝利を収めた。

2010年11月2日、神戸文化ホールで、マルコム・ツニャカオが持つ東洋太平洋バンタム級王座に挑戦するも、5R1分28秒TKO負けを喫して、東洋太平洋王座獲得はならなかった。

2010年11月10日付のブログにて引退を発表した。

同年12月23日大阪府立体育会館にて、WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチの前座にて、ラストファイトの相手となったマルコム・ツニャカオ(真正)とともに、引退スパーを行った[1]

戦績

  • プロボクシング 41戦33勝(15KO)8敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
11994年9月19日3RKO襄知行(JA加古川)日本の旗 日本
21994年11月15日4R判定(採点不明)黒田克巳(三迫)日本の旗 日本
31995年1月10日2RKO杉原潤(岐阜ヨコゼキ)日本の旗 日本
41995年5月9日6R判定3-0佐々木則和(千里馬神戸)日本の旗 日本
51995年9月4日4RKOアーニー・ブエナフェフィリピンの旗 フィリピン
61995年10月17日2RKO立神トーレス(金沢)日本の旗 日本
71996年2月7日8R判定0-2大野恵介(江坂)日本の旗 日本
81996年7月17日8R判定3-0ロイ・クラベフィリピンの旗 フィリピン
91996年9月16日6RTKO福本義弘(本田フィットネス)日本の旗 日本
101996年12月3日10R判定3-0村松竜二(石川)日本の旗 日本日本ライトフライ級王座獲得
111997年2月25日3RKOジョナサン・ジェームズフィリピンの旗 フィリピン
121997年4月13日10R判定3-0佐井敦史(八戸帝拳)日本の旗 日本日本ライトフライ級王座防衛①
131997年6月29日6RKO華山竜一(小倉高橋)日本の旗 日本
141997年9月17日8RTKO島袋徹(尼崎)日本の旗 日本
151997年11月22日10R判定3-0村松竜二(石川)日本の旗 日本日本ライトフライ級王座防衛②
161998年5月13日10R判定3-0久留島亮(守口東郷)日本の旗 日本日本ライトフライ級王座防衛③
171998年9月27日8R判定3-0的場勇也(鹿児島シティ)日本の旗 日本
181998年12月23日3RKOベルナルド・ジュン・ダバロスフィリピンの旗 フィリピン
191999年2月8日10R判定3-0村松竜二(石川)日本の旗 日本日本ライトフライ級王座防衛④
201999年5月20日3RKO大谷和正(武蔵)日本の旗 日本日本ライトフライ級王座防衛⑤
211999年9月25日10R判定3-0佐野恒史(平石)日本の旗 日本日本ライトフライ級王座防衛⑥
222000年4月15日8R負傷判定2-1田中光輝(八王子中屋)日本の旗 日本
232000年10月27日5RTKOナ・ドウン大韓民国の旗 韓国
242001年4月24日2RKOチャイナロン・エミネントタイ王国の旗 タイ
252001年11月21日10R判定3-0ウェンベット・チュワタナタイ王国の旗 タイ
262002年4月22日3RKOナムジャイ・サンチップタイ王国の旗 タイ
272002年11月26日12R判定0-3ポンサクレック・クラティンデーンジムタイ王国の旗 タイWBC世界フライ級王座挑戦
282003年7月14日9RTKO中村好伸(天熊丸木)日本の旗 日本
292003年10月4日12R判定0-3アレクサンデル・ムニョスベネズエラの旗 ベネズエラWBC世界スーパーフライ級王座挑戦
302004年8月7日10R判定0-3名城信男(六島)日本の旗 日本
312006年10月29日10R判定3-0ウォー・バルティキルフィリピンの旗 フィリピン
322006年12月30日10R判定3-0クマントーン・チューワッタナタイ王国の旗 タイ
332007年3月20日10R判定0-2名護明彦(全日本パブリック)日本の旗 日本
342007年12月24日10R判定3-0西正隼(正拳)日本の旗 日本
352008年4月21日7RKOサーシャ・バクティン(協栄)ロシアの旗 ロシア
362009年2月8日8R判定2-1太田垣雅之(オール)日本の旗 日本
372009年6月14日9R負傷判定3-0ノラシン・ギャットプラサーンチャイタイ王国の旗 タイ
382009年8月29日10R判定0-2中広大悟(広島三栄)日本の旗 日本日本スーパーフライ級王座挑戦
392009年12月28日6R判定3-0冨山浩之介(ワタナベ)日本の旗 日本
402010年5月9日9RTKOゴンタワット・シットサイトーンタイ王国の旗 タイ
412010年11月2日5RTKOマルコム・ツニャカオ(真正)日本の旗 日本OPBF東洋太平洋バンタム級王座挑戦
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獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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