名護明彦

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本名 名護 明彦
身長 166cm[1]
国籍 日本の旗 日本
名護 明彦
基本情報
本名 名護 明彦
階級 スーパーフェザー級
身長 166cm[1]
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1976-09-26) 1976年9月26日(49歳)
出身地 沖縄県那覇市
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 37
勝ち 29
KO勝ち 15
敗け 7
引き分け 1
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名護 明彦(なご あきひこ、1976年9月26日 - )は、日本の元プロボクサー沖縄県那覇市出身。第21代日本スーパーフライ級王者。興南高等学校卒業。

アマチュア時代の1994年全日本高校チャンピオン全国高等学校ボクシング選抜大会準優勝・わかしゃち国体優勝の実績を残し、高校卒業後、元世界王者の白井義男具志堅用高氏が共同経営を行っている白井・具志堅スポーツジムにスカウトされ入門。佐藤修とは当時から親友。

日本王座を獲得し、無敗で世界挑戦まで辿り着いた。しかし、世界戦で戸高秀樹に敗れてからは精彩を欠き、消極的な試合が目立つようになる。

徳山昌守に敗れた後、指導方針の違いから具志堅会長と決別。その後、ジムを移籍したものの白星と黒星を繰り返すうちに日本ランキングからも外れてしまった。

主な入場曲はディアマンテスの「勝利のうた」。

来歴

1995年9月18日、竹内浩一に4回判定勝ちでプロデビュー[2]

1998年3月9日、日本スーパーフライ級王者の松倉義明に挑戦。9回KO勝ちを収め、日本王座を獲得。

1998年7月20日、村越裕昭に10回判定勝ちを収め、初防衛に成功した[2]

1998年10月25日、元WBA世界ライトフライ級王者の山口圭司に判定勝ちを収め2度目の防衛に成功した[2]。世界挑戦に専念するため、12月17日に日本王座を返上。

1999年11月7日、WBA世界スーパーフライ級王者戸高秀樹と対戦し、12回判定負けを喫し王座の獲得に失敗した[文献 1][2]

2000年12月12日、WBC世界スーパーフライ級王者徳山昌守と対戦し、ダウン応酬の末12回判定負けを喫した[文献 2][2]

2002年2月5日、大竹重幸田中敏朗をはじめとする関係者の尽力で全日本パブリックボクシングジムに移籍し[2]、トーンチャルン・オー・スワンナシンと対戦。8R判定負けを喫した。その後高校の先輩である渡久地隆人(ピューマ渡久地)の教えを乞う。

2003年4月25日、元WBA世界スーパーフライ級王者のヨックタイ・シスオーと対戦し、10回判定負け[2]

2004年12月8日、元日本王者の瀬川設男とサバイバルマッチを行い、10回判定勝ちを収めた[2]

2005年11月26日、高吉勝之と対戦し、8回判定負けを喫した[2]

2006年9月18日、スーパーバンタム級で斎藤憲一と約10か月ぶりの試合を行い、8回判定勝ちを収めた[2]

2007年3月20日、元日本ライトフライ級王者で世界挑戦経験者の本田秀伸と対戦。戦前は圧倒的不利を予想されていたが、2-0の判定勝ちを収めた[2]。この後、日本バンタム級8位にランクされた。

2007年12月18日、アマチュア時代の亀田興毅のライバルだった山口憲一との54.5kg契約8回戦に3-0の判定勝ちを収めた[2]

2009年5月21日、サクラメントアルコ・アリーナでファン・ホセ・ベルトラン(メキシコ)と対戦し、6回0-3の判定負けを喫した[2]

戦績

  • アマチュアボクシング:54戦48勝(27KO・RSC)6敗[文献 3]
  • プロボクシング:35戦28勝(15KO)6敗1分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
11995年9月18日4R判定(採点不明)竹内浩一(角海老宝石)日本の旗 日本
21995年12月18日1RKO木村剛(相模原ヨネクラ)日本の旗 日本
31996年2月19日2RKO宮田和幸(緑)日本の旗 日本
41996年4月15日8R判定3-0リッキー・バイスフィリピンの旗 フィリピン
51996年6月17日6RTKOルディ・ギロスフィリピンの旗 フィリピン
61996年10月21日1RTKO米山領(天熊丸木)日本の旗 日本
71996年12月16日3RKOジミー・アギーレフィリピンの旗 フィリピン
81997年3月17日10RKOユ・ジンヒョン大韓民国の旗 韓国
91997年10月20日9RKOアーノルド・フェルナンデスフィリピンの旗 フィリピン
101998年1月19日3RTKOロイ・タラソナフィリピンの旗 フィリピン
111998年3月9日9RKO松倉義明(宮田)日本の旗 日本日本スーパーフライ級王座獲得
121998年7月20日10R判定3-0村越裕昭(三津山)日本の旗 日本日本スーパーフライ級王座防衛①
131998年10月25日10R判定3-0山口圭司(グリーンツダ)日本の旗 日本日本スーパーフライ級王座防衛②
141999年3月15日3RTKOアルマン・ロシルフィリピンの旗 フィリピン
151999年7月19日3RKOジュン・マグシポックフィリピンの旗 フィリピン
161999年11月7日12R判定0-3戸高秀樹(緑)日本の旗 日本WBA世界スーパーフライ級王座挑戦
172000年3月3日10R判定3-0フェリックス・マルファフィリピンの旗 フィリピン
182000年6月11日10R判定3-0チャチャイ・ナコントンパークタイ王国の旗 タイ
192000年10月16日2RTKOアーチー・ビリャモールフィリピンの旗 フィリピン
202000年12月12日12R判定0-3徳山昌守(金沢)日本の旗 日本WBC世界スーパーフライ級王座挑戦
212002年2月5日8R判定0-3トーンジャルン・オースワナシンタイ王国の旗 タイ
222002年5月17日5R負傷判定3-0オスワルド・ゲレーロアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
232002年10月14日2RKOサックモンコン・シンマナサックタイ王国の旗 タイ
242002年12月13日3R負傷引分土居伸久(ヨネクラ)日本の旗 日本
252003年4月25日10R判定0-3ヨックタイ・シスオータイ王国の旗 タイ
262003年9月15日3RKO瀬藤幹人(協栄)日本の旗 日本
272003年12月18日1RKOルークガイ・シッスーイタイ王国の旗 タイ
282004年3月16日9R負傷判定0-3木嶋安雄(角海老宝石)日本の旗 日本
292004年8月16日8R判定3-0小林祐生(トクホン真闘)日本の旗 日本
302004年12月8日10R判定3-0瀬川設男(ヨネクラ)日本の旗 日本
312005年4月25日10R判定3-0鈴木啓太(新開)日本の旗 日本
322005年11月26日8R判定0-3高吉勝之(協栄)日本の旗 日本
332006年9月18日8R判定3-0斎藤憲一(協栄)日本の旗 日本
342006年10月31日8R判定3-0中嶋孝文(ドリーム)日本の旗 日本
352007年3月20日10R判定2-0本田秀伸(グリーンツダ)日本の旗 日本
362007年12月18日8R判定3-0山口憲一(ワタナベ)日本の旗 日本
372009年5月21日6R判定0-3フアン・ホセ・ベルトラン(メキシコ)日本の旗 日本
382010年9月22日6R判定3-0笛木亮(ジャパンS)日本の旗 日本
392011年5月10日2R負傷引分古家充(吉祥寺鉄拳8)日本の旗 日本
402012年6月28日8R判定3-0後藤俊光(金子)日本の旗 日本
412013年11月1日6R判定0-3阿部隆臣(新日本大宮)日本の旗 日本
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獲得タイトル

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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