本町 (太田市)
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太田地区にある町丁。市街地を構成している。
地理
世帯数と人口
経済
小・中学校の学区
交通
鉄道
町内に鉄道は通っていない。
道路
- スバル通り
地域
施設
旧家
- 橋本家 - 『群馬の苗字 続』によると、「本町の本陣橋本家は名門として知られ、遠祖は楠木正成の叔父正玄の子楠木氏二八将の1人、橘朝臣橋本八郎正員。湊川戦死後一族が上野にきて新田氏に属し、橋本十郎左衛門安次の代に、由良氏の客将になり国繁が上州に移る際、郷士となった。以後、元和8年本陣を寛文元年に金山御林守役を時の将軍家より拝命、累代維新まで続いた。紋はクギ抜き」[14]。
- 横山家 - 『群馬の苗字 続』によると、「初代は新田郡堀口村(のち尾島町)より移住、元和10年に没した太田草分け10家の1人横山右近である。例幣使街道沿いの旧2丁目北側に居を構え、通称横山町の名を残した旧家である。明和7年建立の横山稲荷は昔の栄えをしのばせている。13代目は東京に在住している。分家は呉服商を営んでいる。県会議員の横山意一郎は一族である。紋はクギ抜キ、裏紋は松皮ビシである」[15]。
- 松月家(まつづき) - 『群馬の苗字 続』によると、「本町の松月家は例幣使街道の北側、高山通りのかどに江戸時代から続いている旧家、長念寺にある先祖の墓は江戸初期のもので、荒物業を営み、代々市兵衛を襲名した。幕末の市兵衛は名主になった。その子の市平は明治11年郡制施行の際戸長になった。家紋は五ッ松皮ビシである」[16]。