本荘城
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別名
鶴舞城、尾崎城
城郭構造
平山城
天守構造
建造されず
築城主
楯岡満茂
(秋田県) | |
|---|---|
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本荘城の堀 | |
| 別名 | 鶴舞城、尾崎城 |
| 城郭構造 | 平山城 |
| 天守構造 | 建造されず |
| 築城主 | 楯岡満茂 |
| 築城年 |
慶長18年(1613年) 元和9年(1623年)改築 |
| 主な改修者 | 六郷政乗 |
| 主な城主 | 楯岡氏、本多氏、六郷氏 |
| 廃城年 | 明治2年(1869年) |
| 遺構 | 曲輪・土塁・水堀 |
| 指定文化財 | なし |
| 再建造物 | 門 |
| 位置 | 北緯39度23分5.49秒 東経140度2分50.9秒 / 北緯39.3848583度 東経140.047472度座標: 北緯39度23分5.49秒 東経140度2分50.9秒 / 北緯39.3848583度 東経140.047472度 |
| 地図 | |
本荘城(ほんじょうじょう)は、秋田県由利本荘市にあった日本の城(平山城)。江戸時代には本荘藩の藩庁が置かれた。別名鶴舞城・尾崎城とも。
山形城主最上義光は、慶長出羽合戦により由利郡を手に入れ、慶長8年(1603年)に重臣の楯岡満茂が4万5千石で入封した。当初は赤尾津城(由利本荘市岩城下蛇田)を居城としたものの、立地の不便さから慶長18年(1613年)尾崎山に本城城を築き居城とした。
元和8年(1622年)最上氏が改易されると、5万5千石で本多正純が宇都宮15万石より移封されたが、この時、幕府の命により城郭が破却された。翌年の元和9年(1623年)、正純は久保田藩の佐竹氏預かりとなる。
同年に、六郷政乗が2万2千石で入封し、城を石高に合わせ縮小して修復し、城下町も形成した。この時点でも本城と書かれていたが、六郷政勝の代に本荘と改名された。以後明治維新まで六郷氏11代の居城となった。
構造
城郭は、本丸、二の丸、三の丸の三郭から成り、本丸には、諏訪神社が置かれた。築城当初より天守閣は無かったが、代用として本丸に二重櫓があった。居館は三の丸に置かれた。

