東京出身。東京帝国大学文学部卒。新関良三に師事。戦前は尾上菊五郎劇団文芸部長、戦時中は1943年召集されて南方に赴き、将校として芝居を上演したことは、部下だった加東大介の『南の島に雪が降る』に杉山大尉(マノクワリ守備隊司令部)と実名で描かれている。
戦後は俳優座付属俳優養成所主事・共立女子大学文芸学部教授[1]。イプセンなどの近代戯曲を翻訳・紹介、新聞に歌舞伎評も書いた。妻は尾上菊子(きくし)の名で菊五郎に師事していたが戦時中死去。
1968年12月30日、劇団民芸稽古場での年忘れパーティで、スピーチのさなかに心筋梗塞で倒れ、死去[1][2]。満61歳没。