杉村一馬
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調教師である杉村政春の長男として生まれる。1946年5月に伊藤勝吉に入門して修行し、1948年10月12日付けで騎手免許を取得した。
初騎乗は10月16日の第1回京都競馬初日第2競走のサラ系戦で、ニューライトに騎乗し4着に入り、12月5日の第2回京都8日目第2競走のサラ系障害戦で、デビュー戦と同じくニューライトに騎乗して初勝利を挙げた。
1953年にはジツホマレに騎乗して優駿牝馬を勝利。これが初重賞勝利でもあった。1960年にはトキノキロクで、1966年にはワカクモで桜花賞を制するなど、牝馬に騎乗して好成績を挙げた。とくにワカクモについては、母クモワカにも騎乗して1951年の桜花賞で2着に入っており、のちの伝貧騒動とも相俟って、陣営悲願の勝利として話題になった。
1966年には、オーストラリアの国際騎手招待競走で騎乗した。
1969年に調教師免許を取得して騎手を引退。その後は栗東トレーニングセンターで厩舎を持ち、重賞こそ勝てなかったものの、通算233勝を挙げた。1985年7月9日に53歳で死去した。
栗東・友道康夫厩舎所属の杉村利士一(壽一より改名)調教助手は長男である。