杉栄三郎
日本の宮内官僚
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経歴
岡山県哲多郡矢神村(現在の新見市)出身[3]。1900年(明治33年)、東京帝国大学法科大学政治科を卒業[1]。会計検査院に入ったが、1902年(明治35年)より清国の招聘で京師大学堂(北京大学の前身)教授となった[3]。10年間在職したが、辛亥革命により帰国した[3]。帰国後は会計検査院に戻り、検査官、第一部第三課長を務めた[3]。その後、宮内省に移り、書記官、参事官、帝室林野局主事、図書頭、諸陵頭を歴任した[1]。1932年(昭和7年)より帝室博物館総長を務めた。 1938年(昭和13年)6月16日、大正天皇実録及び明治以前の天皇皇族実録編集関係者への行賞が行われる中、前図書頭であった渡部に賜金、賜品が授けられた[4]。 1939年(昭和14年)、退官して宮中顧問官に就任した[1]。その他に日華学会理事を務めた[1]。
戦後は、1947年(昭和22年)5月に帝室博物館顧問に就任[5](帝室博物館は同月、国立博物館へ移行)、1951年(昭和26年)9月に国立博物館評議員会評議員、同会長に就任した。[2][5]。
