杉洞1号墳
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位置
北緯35度29分06秒 東経136度59分10秒 / 北緯35.48500度 東経136.98611度座標: 北緯35度29分06秒 東経136度59分10秒 / 北緯35.48500度 東経136.98611度
規模
全長推定29m、主丘部直径18m
築造時期
2世紀後半
| 杉洞1号墳 | |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県加茂郡富加町夕田字杉洞地内 |
| 位置 | 北緯35度29分06秒 東経136度59分10秒 / 北緯35.48500度 東経136.98611度座標: 北緯35度29分06秒 東経136度59分10秒 / 北緯35.48500度 東経136.98611度 |
| 規模 | 全長推定29m、主丘部直径18m |
| 築造時期 | 2世紀後半 |
| 史跡 | 国の史跡「夕田墳墓群」 |
| 地図 | |
杉洞1号墳は岐阜県加茂郡富加町夕田字杉洞に作られた、弥生時代末期に当たる2世紀末から3世紀前半に蓮野1号墳の次に築かれた夕田墳墓群に属する突出部付き円形墳。規模は全長29m、後円部は直径18mと推定され[1]、突出部は西の方角を向いている。後代の前方後円墳と異なりくびれ部はない。また、出土物には弥生時代の廻間I式後半の土器のほか、下呂石剥片や7世紀後半の美濃須衛古窯群の須恵器が確認されている。
突出部と主丘部の構築方法が異なることから、一度に全体が構築されたわけではなく、別々に作られたと考えられている。また、埋葬主体部は確定されていないが、石材が見つかっていないところから、木棺直葬とみられている[2]。
出土遺物としては下呂石剥片、弥生式土器、須恵器が見られ、器台については廻間I式前半のものと考えられている[3]。1号墳の墓壙は2号墳の石室を構築する際に損壊されたとみられ、確認できない。令和8年(2026年)2月17日に国の史跡夕田墳墓群を構成する墳墓に追加された[4]。