李召東
From Wikipedia, the free encyclopedia
大邱出身。警備士官学校を2期生として卒業。朝鮮戦争開戦後は第2独立大隊長として太白山で展開中に第3師団(長:金錫源)の指揮下に入り、師団の海上脱出の殿をつとめる[2]。のち第22連隊長として北進を指揮。
戦後は情報部門を歴任し、5・16軍事クーデター後は治安局長に就任。言論・物価統制に辣腕を振るったが[3][4]、第6回国会選挙での公務員の選挙不正関与の発覚により朴璟遠とともに引責辞任[5]。
1964年8月11日、第9師団長に就任し、ベトナムに派遣。帰国後は陸軍本部附、第6管区司令官、第6軍団長を経て第1軍司令官で予備役編入ののち、韓洋化学(現:ハンファ先端素材)社長、エネルギー管理公団顧問を務めた。