李彦従

From Wikipedia, the free encyclopedia

李 彦従(り げんじゅう、生年不詳 - 950年)は、五代十国時代軍人は士元。本貫汾州孝義県[1]

麟州司馬の李徳の子として生まれた。若くして武芸を習い、軍隊の中で身を立てた。劉知遠が禁軍をつかさどると、彦従は同郷の誼で信任された[2]

天福12年(947年)、後漢が建国されると、彦従は左飛龍使・検校司空として任用された。鎮州軍を撃退するための援軍を求めると、彦従は高祖劉知遠の命を受けて軍を率い鎮州に赴いた。乾祐元年(948年)、恩州刺史を遥領した。趙暉王景崇の乱を討つと、彦従は兵馬都監となり、軍を討って功績を挙げた。乾祐2年(949年)、王景崇の乱が鎮圧されると、彦従は濮州刺史に任じられた。統治に才能を見せ、民衆を喜ばせた。乾祐3年(950年)冬、濮州で死去した[3]

脚注

伝記資料

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI