草書をよくし、古人の書の偽跡を多く作ったといわれている。『述書賦』の註によると、太宗のとき官は文林館待詔(ぶんりんかんたいしょう)となった。太宗に『大急就』(だいきゅうしゅう)という写本を進上したことがあるが、これも彼が王羲之の書として偽作したものという。
『停雲館帖』巻2に嵆康『絶交書』が収められているが、これも嵆康の名をかたって作った偽作で、この作には双鉤塡墨本も20世紀前半には現存し写真も残っているが、現在は行方不明である。また、蘭亭続帖に収録されている竹林の七賢の書を偽造した七賢帖も彼の書だとされている。