李承福 (後晋)

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李 承福(り しょうふく、生年不詳 - 944年)は、五代十国時代軍人は徳華。本貫鄂州漢陽県[1]

貧しく身分の低い生まれで、元行欽に仕えて馬飼いの仕事を管掌した。のちに石敬瑭の家臣となった。天福元年(936年)、後晋の高祖(石敬瑭)が即位すると、承福は皇城武徳宣徽使・左千牛衛将軍となった。澶州刺史として出向し、斉州防禦使・検校太保に転じた[1]。天福7年(942年)、宣徽北院使となった[2]。天福8年(943年)3月、右武衛大将軍となり、宣徽南院使をつとめた[3]。7月、同州節度使に任じられた[4]開運元年(944年)7月[5]、同州で死去した。太傅の位を追贈された[6]

脚注

伝記資料

参考文献

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