李承福 (後晋) From Wikipedia, the free encyclopedia 李 承福(り しょうふく、生年不詳 - 944年)は、五代十国時代の軍人。字は徳華。本貫は鄂州漢陽県[1]。 貧しく身分の低い生まれで、元行欽に仕えて馬飼いの仕事を管掌した。のちに石敬瑭の家臣となった。天福元年(936年)、後晋の高祖(石敬瑭)が即位すると、承福は皇城武徳宣徽使・左千牛衛将軍となった。澶州刺史として出向し、斉州防禦使・検校太保に転じた[1]。天福7年(942年)、宣徽北院使となった[2]。天福8年(943年)3月、右武衛大将軍となり、宣徽南院使をつとめた[3]。7月、同州節度使に任じられた[4]。開運元年(944年)7月[5]、同州で死去した。太傅の位を追贈された[6]。 脚注 1 2 旧五代史 1976, p. 1192. ↑ 旧五代史 1976, p. 1072. ↑ 旧五代史 1976, p. 1076. ↑ 旧五代史 1976, p. 1081. ↑ 旧五代史 1976, p. 1094. ↑ 旧五代史 1976, pp. 1192–1193. 伝記資料 『旧五代史』巻90 晋書16 列伝第5 参考文献 『旧五代史』中華書局、1976年。ISBN 7-101-00321-4。 Related Articles