李昞 (北周) From Wikipedia, the free encyclopedia 李 昞(り へい、? - 573年)は、中国の唐の高祖李淵の父。西魏の八柱国のひとり李虎の子。本貫は隴西郡成紀県。 北周に仕えて安州総管となった[1]。保定4年(564年)、唐国公に封じられた[2]。天和6年(571年)、大将軍から柱国となった[2]。死後に仁公の諡を贈られた[1]。 李淵が唐を建てた後、李昞は元皇帝と追尊され、廟号を世祖といった。興寧陵に葬られた[1]。 家族 妻 独孤氏(独孤信の四女) 男子 梁王 李澄(中国語版) 蜀王 李湛(中国語版) 鄭王 李洪(中国語版) 高祖 李淵(母は独孤氏)[3] 女子 同安公主(中国語版)(李淵の同母妹、隋州刺史の王裕(中国語版)(王秉の子)の妻) 脚注 1 2 3 『旧唐書』高祖紀 1 2 『周書』武帝紀上 ↑ 『旧唐書』宗室伝 Related Articles