隋に仕えて門下録事となった。大業末年、煬帝が江都に逃避し、各地で反乱が起こると、延陵に遷都しようと図って、百官を集めて会議した。公卿たちは煬帝の意におもねって賛成の意見を述べたが、桐客はひとり反対した。朝政を誹謗したと御史に弾劾されたが、免罪された。のちに隋が滅亡すると、桐客は宇文化及に従って黎陽にいたり、竇建徳に捕らえられた。
唐が竇建徳を滅ぼすと、桐客は秦王李世民に召し出されて秦王府法曹参軍に任じられた。貞観初年、通州刺史と巴州刺史を歴任した。任地では清廉公平の声誉があり、民衆に慈父と呼ばれた。のちに家で死去した。