李款 唐代の官僚 From Wikipedia, the free encyclopedia 李 款(り かん、生没年不詳)は、唐代の官僚。字は言源[1]。 経歴 長慶元年(821年)、進士に及第した。侍御史に累進した[2][1]。大和7年(833年)、鄭注が邠寧節度行軍司馬から入朝すると、李款は鄭注を弾劾したが、文宗に聞き入れられなかった[3]。鄭注が任用されると、李款は追放された。大和9年(835年)、甘露の変で鄭注が殺害されると、李款は倉部員外郎として復帰した。開成元年(836年)、諫議大夫に累進した。開成3年(838年)、蘇州刺史として出向した。開成4年(839年)、洪州刺史・江南西道観察使に転じた。澶王傅となり、のちに死去した[2][1]。 脚注 [1]新唐書 1975, p. 4290. [2]旧唐書 1975, p. 4452. [3]旧唐書 1975, pp. 4399–4400. 伝記資料 『旧唐書』巻171 列伝第121 『新唐書』巻118 列伝第43 参考文献 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。 『新唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00320-6。 Related Articles