李正子
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三重県上野市(現 伊賀市)生まれ[3]。戦前に父が慶尚南道晋州市から日本に渡り、日本で韓国人の母と知り合い結婚、伊賀市に定住し正子を生んだ[4]。中学生の時に万葉集に触れ、短歌に魅力を感じる[5]。1965年三重県立上野高等学校卒業[3]後、民族資本の銀行に1年間勤務し、結婚して2人の男児をもうけたのち離婚。20歳のとき、香山正子名義で朝日新聞の短歌のページに近藤芳美を選者に指名し初投稿。これがトップで掲載される[6]。投稿を幾度か繰り返した後、「未来」入会。近藤に師事する[7]。
1984年に本名で『鳳仙花(봉선화)のうた』を発刊し、歌人デビューを果たす[3]。この『鳳仙花のうた』は500部売れれば良い方である歌集としては異例の2700部、再版は1万部の売上を記録。[要出典]
現在、上野市で喫茶店「駕洛」を営む傍ら[3]、短歌会「風」を主宰し[2]、短歌結社「未来」に属する[3]。
大韓民国特有の風習、文化等に関する言葉をありのままに使い、字余りを恐れず、一般的には漢字で書く言葉をアルファベットで書くなど、人目を引くことに長けた作風が特色である。[独自研究?]