李要漢
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全羅北道沃溝郡(現・群山市)大野面出身。漢文修学を経て群山安楽小学校、永明中学校、仏教大学卒。公州甲寺仏教専門講習院修了。公州孤児院を設立し10年以上経営したほか、農業・代書業に従事した。解放後は独促国民会全北宣伝部長・支部長・全北委員長、反託闘委沃溝郡委員長、非常国民会議代議員、民族代表者大会代議員、大韓農総沃溝郡連盟委員長、大韓労総大野面連盟委員長・沃溝郡連盟委員長、全羅北道知事(1952年9月〜1955年9月)、自由党全羅北道委員長を務めた。1948年の初代総選挙では沃溝郡選挙区から国会議員に当選した。1972年、制憲同志会のメンバーとして10月維新を支持した[3][1][5][4][2]。