村上茂利
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北海道天塩町生まれ。札幌一中(現北海道札幌南高等学校)を卒業し、1941年に中央大学法学部を卒業した[1][2]。内務省に入省(神奈川県属[3])。1969年に労働事務次官に就任[4]。1972年の第33回衆議院議員総選挙では北海道2区に自由民主党から立候補するも落選[5]。1976年第34回衆議院議員総選挙で初当選を果たし、以後3期務める。1980年の大平内閣不信任決議案では欠席した。
1984年、第2次中曽根第1次改造内閣で法務政務次官に就任した。1986年の第38回衆議院議員総選挙では落選[6]
1989年11月20日、癌のため死去。71歳没。死没日付で正七位から正四位勲二等に叙され、旭日重光章を追贈されたが、その後同年12月8日、特旨を以て位一級を追陞され、死没日付に遡り従三位に叙された[7]。
その後、1990年の第39回衆議院議員総選挙に、後継者として金田英行が立候補した[8]。
選挙経歴
- 1972年-第33回衆議院議員総選挙北海道2区次点[5]
- 1976年-第34回衆議院議員総選挙当選[2]
- 1979年-第35回衆議院議員総選挙当選[2]
- 1980年-第36回衆議院議員総選挙次点[10]
- 1983年-第37回衆議院議員総選挙当選[2]
- 1986年-第38回衆議院議員総選挙次点[6]