村尾陸男
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中国北京市にて、鐵道省高官の父・村尾薫(香川県高松市出身)と母・鈴の三男として生まれる。東京都立新宿高等学校卒業[1]。慶應義塾大学工学部化学科に進学するも音楽に傾倒し中退。1962年頃からジャズ・ギタリストとしてプロ入り。河辺公市とスウィングジャイアンツを皮切りにギターで2年ほど仕事をし、66年、24歳の時に、当時、国の記録映画の撮影に従事していた父村尾薫のサポートのための渡米を機に、本場のジャズシーンに触れ研鑚。翌67年に帰国後、ジャズ・ピアニストに転向し、泉胤昭率いるクインテットに所属し活動。主に、ソロや自分のトリオで赤坂、高輪のプリンスホテル、銀座、六本木のクラブなどで演奏活動を続け、30代から本格的に英語の勉強をし始め、呼吸発声の研究をしながら、音楽書の著訳書を多く手がける。また、横浜のジャズスクールで呼吸発声の指導、劇団四季の英詞訳などを担当し、演奏活動に励む。 現在はその傍ら、ヴォーカリスト養成のための発声指導者として音楽学校や大学の講師も務める。