中学時代に長距離を始め、高校でも続けたが結果が出ず1年のときに競歩に転向、兵庫県3位となり近畿大会に出場する。3年次には2016年全国高等学校総合体育大会に出場し6位に入賞[3]。駅伝大会にも精力的に出場し、3年時には競歩選手ながら、兵庫県大会で第3区 区間4位の成績を残している。
大学は順天堂大学スポーツ健康科学部に進学[4]。インカレ、日本選手権、全日本競歩などの大会で常に上位争いする安定感を持っていた。
そのポテンシャルを認められ、2021年から富士通所属となる[5][6][7]。しかし、大学4年の両膝の不良により、社会人1年目はほとんどレースに出られなかった[3][5]。
2022年度東日本実業団陸上競技選手権大会において優勝、4月の全日本競歩輪島大会で2位以下に大差を付け優勝[8]、翌年の2023年元旦競歩で優勝[9]し復調を見せた。2月の日本選手権6位、3月の全日本競歩能美大会では世界陸上派遣設定記録を突破したものの1位の古賀友太と6秒の差で大会2位に終わり、世界陸上出場権を逃す[10]。
6月第36回国際競歩グランプリ・ラコルーニャ大会男子20kmに出場、日本勢トップの13位に入った[11]。7月2023年アジア陸上競技選手権大会に出場。初の日本代表で金メダルを獲得し結果を残した[5]。9月の2022年アジア競技大会(中国杭州)[12]に出場、銅メダルを獲得した[2]。
2026年3月、石川県能美市で開催された第110回日本陸上競技選手権大会・マラソン競歩に出場。昨年の山形高畠競歩での3時間5分19秒を上回る自己ベストタイム3時間3分21秒で4位となるが、3月31日をもって富士通陸上部を退部した。[13]この大会が富士通のユニフォームを着て歩いた最後の試合となった。
本人は、富士通のホームページ[14]上で「憧れであった富士通ユニフォームを身にまとい競技に取り組めたことは、私の競技人生において何ものにも代えがたい誇りです。」と語っている。富士通陸上部を退部後も「個人として競技を継続していきたいと思います。これからも歩みを止めることなく、挑戦を続けて参ります。」と競技続行の意思を表明している。
脚注