村岡実
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1962年に宮田耕八朗、横山勝也と共に東京尺八三重奏団を結成する[3]。1963年に東京尺八三重奏団は2回目の演奏会を開催したが、これを聴いた邦楽関係者への影響は非常に大きく、演奏会主催の東京音楽社事務所や村岡実の自宅に集まって夜を徹した話し合いの末、三木稔の発案によって日本音楽集団結成の運びとなった[4]。
しかし、村岡はポピュラー音楽の路線を想定していたため、日本音楽集団との方針の違いから1965年の第2回演奏会を前に日本音楽集団を退団し、東京尺八三重奏団も解散となる[5][6]。
美空ひばりの「柔」の演奏をしたことが縁となって、北島三郎や村田英雄の伴奏を務めるようになる[1]。
1970年には、和太鼓、筝、琵琶を取り入れたジャズバンドとしてアルバム『Bamboo』を発表している[7]。 2014年1月2日多臓器不全のため死去。