村川千秋

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生誕 (1933-01-01) 1933年1月1日
死没 (2025-06-25) 2025年6月25日(92歳没)
村川 千秋
(むらかわ ちあき)
生誕 (1933-01-01) 1933年1月1日
出身地 日本の旗 日本 山形県村山市
死没 (2025-06-25) 2025年6月25日(92歳没)
学歴 東京芸術大学音楽学部
ジャンル クラシック音楽
職業 指揮者
活動期間 1966年 - 2025年
著名な家族 村川透(実弟 / 映画監督)
村川千尋(実娘 / ヴァイオリニスト)
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村川 千秋(むらかわ ちあき、1933年(昭和8年)1月1日[1] - 2025年(令和7年)6月25日)は、山形県村山市出身の男性オーケストラ指揮者。江戸前期に活躍した俳人・村川素英の子孫にあたり、弟は映画監督村川透。娘はヴァイオリニストの村川千尋。

山形県立山形南高等学校東京芸術大学音楽学部器楽科を卒業後、同大学音楽学部作曲科に入学、作曲を池内友次郎に師事、同大学作曲科卒業[2]

1963年アメリカ合衆国へ渡航し、インディアナ大学大学院で理論科助手として勤める。かたわら指揮を専攻。マスター・オブ・ミュージックを授けられる。さらにニューヨークにてレオポルド・ストコフスキーのもとで研鑽を積む。

1966年に帰国。東京交響楽団の客員指揮者としてデビュー。以後同楽団・札幌交響楽団日本フィルハーモニー交響楽団京都市交響楽団などを指揮する。

1968年、山形県初の本格的オーケストラ指揮者として山形新聞社の山新3P賞「進歩賞」を受賞。1972年、東北初のプロオーケストラ、山形交響楽団を設立。正指揮者に就任(のちに常任指揮者に)。1992年、山形県教育功労者表彰。1994年渡邉曉雄音楽基金特別賞受賞。1995年齋藤茂吉文化賞受賞[3]2001年、山形交響楽団創立名誉指揮者に就任。2004年、平成16年度地域文化功労者表彰受賞。2013年、村山市名誉市民[4][5]

2025年6月25日、肺炎のため死去[6][7]92歳没

著書

オーラルヒストリー

脚注

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