村瀬拓男
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大阪府出身。東大寺学園高等学校を経て[2]、1985年に東京大学工学部土木工学科を卒業。同年、新潮社に入社[1]。
雑誌編集(週刊新潮)の後、映像(1988年『火垂るの墓』[3]など)や電子出版などの新規事業(1995年「CD-ROM版新潮文庫の100冊」2002年「新潮ケータイ文庫」など[4])に関わる。『火垂るの墓』については、入社2年目の1986年に徳間書店とスタジオジブリ(鈴木敏夫)から企画が持ち込まれた際に(それまで宮崎駿の全監督作品を見ていたことから)自ら担当に名乗りを上げ、配給や宣伝を担当するとともに、契約書をすべて作成したと記している[5]。鈴木は「彼(引用者注:村瀬)が本当にがんばってくれた。彼の協力がなければ、この作品はできていないと思います。」と記している[6]。
2004年、司法試験に合格する。2005年3月に新潮社を退社[2]。2006年弁護士登録[2]。
新潮社の法務を担当するほか、用賀法律事務所主宰として、映像・IT・出版系を中心とした企業法務に携わる。
2021年6月28日、スタジオジブリの監査役に就任。2023年9月21日、日本テレビ放送網によるスタジオジブリの子会社化が発表され、新体制で村瀬は取締役に就任することが発表された[7]。