福井県小浜市出身。福井県立小浜水産高等学校(現:福井県立若狭高等学校海洋科学科)を経て、近畿大学農学部水産学科卒業後、近畿大学水産研究所教授や水産養殖種苗センター長、水産研究所所長などを歴任。水面を網で区切って行う養殖方法、小割式網イケス養殖技術の開発やブリからの採卵など、海水魚養殖研究の黎明期に中心的な役割を果たした。その後、世界初のヒラメ種苗生産や、クロマグロやクエなどの新養殖魚種の開発などに精力的に取り組み、成果をあげた。
2025年9月9日、和歌山県田辺市内の病院で肺炎により死去。85歳没[2]。