東六線駅
かつて北海道上川郡剣淵町にあった北海道旅客鉄道の駅
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歴史

- 1956年(昭和31年)1月:日本国有鉄道宗谷本線の和寒駅 - 剣淵駅間に東六線仮乗降場(局設定)として新設開業[3]。
- 1959年(昭和34年)11月1日:駅に昇格。東六線駅となる[3]。気動車による旅客のみ取扱いの無人駅[4]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる。
- 2019年(令和元年)12月3日:JR北海道アクションプラン(宗谷線)[JR北 3]に基づき『極端にご利用の少ない駅の廃止または自治体による維持管理についての各自治体との協議』としてJR北海道が駅の存廃を宗谷本線活性化協議会に打診する。
- 2020年(令和2年)
- 2021年(令和3年)3月13日:利用者減少とダイヤ改正に伴い、廃止[JR北 1][JR北 2][新聞 1]。
駅名の由来
駅構造
単式ホーム1面1線を有する地上駅だった。ホームは線路の東側(稚内方面に向かって右手側)に存在した[7]。分岐器を持たない棒線駅となっていた[7]。
仮乗降場に出自を持つ開業時からの無人駅(士別駅管理)[8]で、ホーム南側の出入口から少し離れた位置に待合所を有した[9]。トタン張りの建物[10]で、待合所に設置されている駅銘板には「東六線乗降場 待合室」と記載されていた[7][9][11]。ホームは木製デッキ式で[9][8]、旭川方にスロープを有し[7][8]駅施設外に連絡していた。トイレは無かった[9]。
簡易委託駅として、駅昇格の1959年から国鉄分割民営化前の1987年まで、乗車券の販売が付近の民家で行われていた[12](発行年月日不明だが回数券式の軟券の乗車券が確認されている[6])。
- 待合所(2017年10月)
- ホーム(2017年10月)
- 駅名標(2017年10月)
利用状況
乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
