東四柳祥子
From Wikipedia, the free encyclopedia
1977年、石川県で生まれる[1]。幼少期から食べることが好きで、料理書も好きだった[1]。祖母と母が料理上手でその影響を受けていた[2]。高校時代に料理雑誌『レタスクラブ』と出会い、料理に目覚めた[1]。毎月料理雑誌を購入し、身近な食材で工夫して作る日々を過ごした[2]。母の読んでいた料理雑誌を読みながら、食の本を作る仕事を夢見た[1]。
1996年、東京女子大学文理学部英米文学科に入学[1]。料理の道とは異なる学科だったが、在学中に偶然『レタスクラブ』でアルバイトをする機会を得て、テレビの料理番組にもアルバイトで携わるようになり、食の現場にのめりこんだ[1]。その際、番組ディレクターから、「本物のプロになりたいのなら、きちんと勉強しないとね」というアドバイスをされたことが料理とのかかわり方を見直すきっかけになった[1]。ゼミの指導教官だった英文学者の教授に相談したところ、イギリスの『ビートン夫人の料理書』という昔の料理書を紹介され、日英の料理書文化の比較をすると面白いとアドバイスを受けたことが、決定打となり、食文化研究の道に進むことを決めた[1]。食文化研究者の江原絢子の論考に感銘を受け、江原が所属する東京家政学院大学を訪ねた際、江原と会うことができ、それ以来大学院受験を前提に江原のもとに通うようになった[2]。現在では江原と共同研究を行う仲となっている[1]。
2000年に同大学を卒業すると東京家政学院大学大学院人間生活学研究科で修士、国際基督教大学大学院比較文化研究科で博士を取得[1]。その後、梅花女子大学食文化学部食文化学科教授[1]に就任。2012年には石川松太郎食文化研究奨励賞、2017年には「乳の社会文化」学術研究最優秀賞を受賞した[5]。また、農林水産省の委員などを務めるほか、日本郵便「和の食文化シリーズ」切手の助言・監修や阪神百貨店梅田本店の商品提案なども担当している[2]。