東新町 (徳島市)
徳島県徳島市の町名
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地理
歴史
1585年(天正13年)に入国した徳島藩祖・蜂須賀家政が、町人を相手にする商人を集めて新町を造ったのが始まりで、1630年(寛永7年)ごろには内町と並ぶ徳島位置の商店街として栄えていた[5]。
江戸時代から現在の町名で、1942年(昭和17年)からは一丁目から三丁目、1975年(昭和50年)からは一丁目から二丁目がある。江戸期は徳島城下の町人町のひとつで、1889年(明治22年)に徳島市の町名となった。
当町北端を東に船場町に抜け、新町橋を渡ると内町で、江戸期には豪商・問屋が軒を並べていた。しかし江戸期初頭に、内町だけは城下の商業的機能が十分に果たせなくなり、新町に商業地区を拡張し、当町等が成立した。北は西新町、西から南にかけて古物町・籠屋町・富田町が並ぶ。
1970年代が全盛期とされ、1974年(昭和49年)には休日の歩行者数が約4万人を数えていた[5]。
しかし、1983年(昭和58年)に当地区の核店舗となっていた丸新百貨店の約2.5倍の規模で徳島駅前に徳島そごうが進出したことから丸新百貨店と当商店街の衰退が始まり、1995年(平成7年)3月21日に丸新百貨店が、2005年(平成17年)にダイエー徳島店が閉店して核となる大型店が無くなり、2006年(平成18年)には映画館も無くなるなど集客施設が相次いで消失したことで衰退が決定的になった[4]。

