東洋航空工業

From Wikipedia, the free encyclopedia

設立 1952年
事業内容 航空機製造、飛行場経営
東洋航空工業株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
東京都中央区日本橋兜町一丁目1番地
設立 1952年
業種 輸送用機器
事業内容 航空機製造、飛行場経営
代表者 山田富美彦(取締役社長)
資本金 387百万円(1968年9月)
純資産 365百万円(1968年9月)
総資産 1,494百万円(1968年9月)
決算期 9月末日
テンプレートを表示

東洋航空工業株式会社(とうようこうくうこうぎょう)は、日本にかつて存在した航空機製造会社。東洋航空藤沢飛行場も経営した。

1952年(昭和27年)、対日講和条約の発効に伴い一時禁止されていた航空機製造が解禁されるのを受けて、戦前に九七式二式大艇など飛行艇を中心に多くのヒット作を生んだ川西航空機の元役員らが中心となり設立。川西航空機の直接の後身である新明和興業とは別の道を歩みだした。

戦後日本の国産機として第2号となるTT-10を製造。またアメリカ合衆国フレッチャー FD-25生産ライセンスを獲得した。6機を生産して、いずれも東南アジアに輸出した。

しかし、設立当初より経営が安定せず、思ったように受注を獲得できなかった上発足したばかりの保安隊、後の自衛隊海上自衛隊航空自衛隊)にも制式採用されず社業は停滞。1964年(昭和39年)に藤沢飛行場を供用廃止とし、跡地は荏原製作所に売却した。1969年(昭和44年)、臨時株主総会解散を決議し清算法人に移行した。

歴史

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI