フレッチャー FD-25
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運用の歴史
フレッチャーによって単座型2機と複座型1機の試作機が製作されたが、アメリカ軍からの発注が無かった。しかし日本の東洋航空工業が1952年(昭和27年)に製造権を買い取り、約1ダースを製造し、7機(うち3機がFD-25A、3機がFD-25B)をカンボジアへ[1]、4機をベトナムへ、1機のFD-25Bをタイへ[2]販売した。1機が完全な飛行可能な状態で現存し、EAAエアヴェンチャー2010 航空ショーに登場している。また、1961年(昭和36年)には東京都立航空工業高等専門学校(現東京都立産業技術高等専門学校荒川キャンパス)に東洋航空工業が製造したうちの2機(FD-25AとFD-25Bが1機ずつ)が買い取られており、うちFD-25Bは1970年(昭和45年)頃まで試験機として使用された後、現在は双方ともに日本航空協会によって重要航空遺産に指定され、同校の科学技術展示館で静態展示されている。