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東部州 (コンゴ)

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東部州 (Orientale, リンガラ語: Etúká ya Monyɛlɛ) はコンゴ民主共和国北東部のかつての州。州都はキサンガニ。北に中央アフリカ、スーダンの西エクアトリア州、中央エクアトリア州、東にウガンダの西ナイル地方、及びアルバート湖を挟んでブニョロ地方と接し、南に北キヴ州、マニエマ州、東カサイ州、西に赤道州と接していた。

"Darkest Africa" のG・モンバールの挿絵「アルウィミ川を溯る」
東部州
 コンゴ民主共和国の州
1966年 - 2015年
東部州の位置
東部州の位置
政庁所在地 キサンガニ
歴史
 - 創立 1966年7月1日
 - 廃止 2015年1月9日
面積
 - 2010年 503,239km2
人口
 - 2010年 8,197,975 
     人口密度 16.3/km2

ベルギー到来以降、上コンゴ地方と呼ばれた地域で、ヘンリー・モートン・スタンリーがエミン・パシャ(英語版)「救出」(en:Emin Pasha Relief Expedition)の際に「最暗黒のアフリカ」と呼んだ地域でもある。北部はウエレ川(英語版)流域で、南東部はイトゥリ地方と呼ばれていた。金鉱山などがあるため、ミルトン・オボテ、イディ・アミン、ヨウェリ・ムセベニなどウガンダの権力者による収奪の対象とされた。1998年には北東部のドゥルバ鉱山(英語版)とワツァ鉱山(英語版)の金鉱労働者にマールブルグ熱が発生した。イトゥリ地方ではルワンダ紛争などと同じ構図で、放牧民のヘマ族が「ナイル系」であるとされ(実際はバントゥー系)、農耕民のレンドゥ族との対立が形成され、イトゥリ紛争(英語版)が起きた[1]。第二次コンゴ戦争では北部の大半をウガンダ軍とその同盟者に、キサンガニより南をルワンダ軍とその同盟者に占領された。

2005年憲法でイトゥリ州、高ウエレ州、低ウエレ州、ツォポ州に分割することが決められ、2006年に国民投票で承認された。新州への移行は2009年までに実施される。2009年、en:Haut-Uele Districtのマコンボ(英語版)で神の抵抗軍によるマコンボ虐殺(英語版)(12月14日 - 12月17日)が起こった。

主要な言語はスワヒリ語とリンガラ語、レンドゥ語など。

脚註

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