安部公房記念碑
東鷹栖と安部公房の関連を広めることが活動目的である[8]。地域の文学愛好家や安部の親族たちの協力のもとで、安部公房ゆかりの写真などの品や、旭川市東鷹栖の東鷹栖公民館での作品資料の展示、安部の作品の朗読会や講演会[8]、安部を題材とした文学講座などを開催している他[1][9]、旭川市東鷹栖支所内の安部公房の資料展示室の管理も担当している[10]。事務局長の柴田望も、朗読会の解説などで協力している[11]。
2012年末には、安部の実弟宅より、安部の初期の未発表作品『天使』が発見されて、新潮社の立会いのもとで、本会へ原稿が寄贈され[4][12]、文芸誌「新潮」2012年12月に掲載に至った[12]。「新潮」同号はこの安部の作品によって好調な売れ行きを示し、約6年ぶりに増刷が決定された[13]。
安部が旭川滞在時に近文第一小学校に通学していたことから、2013年には、地域と安部との関わり、および同小学校と安部の関係性を後世へ伝えることを目的として[14]、記念碑の建立が計画された[1][15]。2000年代以降に旭川市から文学活動への支援が減少していることから、市には頼らず地域で建立することを目指し、費用を市民や企業からの寄付などで賄うべく、会員たちが奔走することで建立に至った[5]。設立地は同小学校の校庭に決定し[4]、翌2014年(平成26年)10月に、記念碑の除幕式と記念式典が開催された[16]。碑石には、東鷹栖在住の安部の親戚が所有していた神居古潭石(旭川で採取される天然石)が用いられ[17]、この親戚宅では旭川滞在時の安部が遊んでいたという[15]。東鷹栖出身で東京大学名誉教授の保坂一夫が、同小学校の卒業生で安部とも交友があったことから、「故郷憧憬」の題などを碑石に刻んだ[15][17]。
安部がシンセサイザーを日本国内での普及以前から使用していたことにちなんで、2016年(平成28年)からは、シンセサイザーの音楽や映像に合わせて安部の作品を朗読する朗読会など、ユニークな試みも行われている[17]。朗読に合わせて、場面に合った絵を投影したり、効果音やBGMを流したりする試みであり、映像があることでの内容のわかりやすさ、巧みな話術などで好評を博している[17][18]。