松倉渡船
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歴史
- 1586年(天正14年)6月24日 - 木曽川の洪水により現在の木曽川の流路の元ができる。
- 1589年(天正17年) - 領主坪内氏(松倉城城主)の命で松倉渡船が設置される。松倉渡船は尾張国一宮と中山道を結ぶ街道(馬街道)の渡船となる。
- 1727年(享保12年) - 真清田神社の門前で定期市として三八市が始まる。このことにより松倉渡船の利用者が増加する。
- 1909年(明治42年) - 松倉渡船の運営権が松倉から下中屋に譲渡される。この時の運賃は往復で7厘。
- 1918年(大正7年) - この頃の運賃は往復1銭5厘。
- 1923年(大正12年) - 浅井那加停車場線が県道の認定を受け、岐阜県営の渡船となる。
- 1962年(昭和37年) - 下流に川島大橋が架橋されたことにより廃止。
その他
- 川島町に伝わる民話で「牛子渡しとキツネ」がある。これは松倉渡船の船頭達が語り伝えていた話である。
- 別名の「牛子の渡し」の牛子とは、江戸時代の松倉村の枝村の「牛子村」によるものである(現在の川島松倉町の西部の字名に「西牛子」がある)。