松倉義明
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1991年12月11日、プロデビュー戦は初回KO負けとなった[2]。 1993年12月18日、第50回東日本スーパーフライ級新人王トーナメント決勝戦で清田芳正(松戸平沼)に判定負けを喫した[2]。
1994年10月21日、秋田勝弘(協栄)を5回KO勝ちを収め、スーパーフライ級B級トーナメント優勝を収めた[2]。
1997年2月10日、マリオ・アノース(フィリピン)との53.0kg契約10回戦に初回KO勝利を収めた[2]。松倉がメインを務めたこの興行では、8R判定引分に終わった平沼浩幸(松戸平沼)が試合でのダメージにより2週間後に死亡する事故があった[※ 3][3]。
1997年10月13日、守部厚希(江坂)の王座返上にともなう日本スーパーフライ級王座決定戦で、過去に1戦1勝している大雅アキラ(協栄)に7回KO勝ちを収めて王座を獲得した[2]。大雅はこの6日後に頭蓋内出血により死去した[3][※ 2][※ 4](リング禍)。
1997年度プロ・アマチュア年間表彰選手選考会で新鋭賞に選出された[2]。
1998年3月9日、当初は王座決定戦で対戦予定だった[※ 2]名護明彦(白井・具志堅)と対戦し、戦に9回KO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[2]。
1999年6月12日、日本スーパーフライ級[* 1]王座決定戦で柳光和博(ワタナベ)に4回TKO負けを喫した[2]。
2000年10月28日、元WBC世界ミニマム級王者ナパ・キャットワンチャイと対戦し、6回TKO勝ちを収めた[2]。
2001年4月30日、村越裕昭(三津山)の負傷欠場により試合3週間前に出場が決まった日本スーパーフライ級王座決定戦で、木谷卓也(金子)に5回KO負けを喫し、その場で「思い残すことはない。完全燃焼した」と現役引退を表明した[1][2]。
獲得タイトル
- 第8回KSD杯争奪B級トーナメントスーパーフライ級優勝
- 第20代日本スーパーフライ級王座(防衛0)