松原五百蔵
日本の政治家。衆議院議員
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経歴
1879年(明治12年)10月10日、滋賀県蒲生郡金田村に生まれる[4][5]。旧制彦根中学校に進学するが、父の死去により中退[6]。1905年、蒲生郡書記に就く[6]。1907年に普通文官試験に合格し、1909年に滋賀県属となる[6]。1914年、金田村村長に就任[6]。1919年に内務属となり、伊香郡郡長、甲賀郡郡長を歴任する[6]。1924年には県勧業課長に就任し、1926年に退職[6]。
1927年に県農会副会長、1939年に県農会会長に就任[7]。1942年の第21回衆議院議員総選挙では翼賛政治体制協議会の推薦を受けて滋賀県全県区から当選する[8]。1943年、県下の農業団体が統合して県農業会が設立されると、会長に就任[9]。
また、小作調停委員、郡教育会長、同自治協会長、県養鶏、同畜産各組合連合会副会長、県農機具物価専門委員会委員長、県養蚕業組合連合会長、県物価統制協力会議副会長、帝国農会評議員、帝国畜産会理事、大政翼賛会滋賀県支部顧問、県翼賛壮年団顧問を務めた[4]。
戦後は無所属倶楽部に入ったが[10]、推薦議員のため公職追放となった[11]。1951年に追放解除[12]。1959年死去。