松山彬 From Wikipedia, the free encyclopedia 松山 彬(まつやま あきら、1910年 <明治43年> 1月24日 - 1995年 <平成7年> 9月3日)は、日本の経営者。東亜燃料工業社長を務めた。位階は従四位。 経歴 長崎県出身[1]。1935年に東京帝国大学工学部応用化学科を卒業し、1939年に東亜燃料工業に入社[1]。1959年に取締役を経て、1966年に副社長に就任し、1976年3月には社長に昇格[1]。1986年3月に会長を経て、1988年3月から相談役を務めた[1]。 1973年11月に藍綬褒章を受章し、1982年11月に勲二等瑞宝章を受章した[1]。 1995年9月3日心不全のために死去[2]。85歳没。死没日付をもって従四位に叙された[3]。 脚注 [脚注の使い方] [1]人事興信所 1991, ま194頁. [2]1995年 9月5日 日本経済新聞 朝刊 p35 [3]平成7年 1995年10月11日付 官報 本紙 第1748号 10頁 参考文献 人事興信所 編『人事興信録 第36版 下』人事興信所、1991年。 先代南部政二 東亜燃料工業社長1976年 - 1986年 次代中原伸之 Related Articles