薩摩藩士である川上助八郎の長女として荒田村(現:鹿児島市)に生まれる。1860年(万延元年)に松方正義と結婚[2]。4男1女の子を産み、妾の子供たちも一緒に養育した[2]。
1877年(明治10年)に上京し、自邸とした三田邸(現:三田二丁目)は、政府から払い下げられた伊予松山藩久松松平家中屋敷跡の7000坪の土地で、敷地内には沢庵禅師作庭の庭もあった[2]。1887年(明治20年)の明治天皇行幸時には新館「恵露館」を建設して迎え、天皇より子供の数を尋ねられた正義は子沢山のため即答できなかったという[2]。
1920年(大正9年)9月13日、脳溢血のため死去[3]。享年73歳[4]。