松本喜三郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 松本 喜三郎(まつもと きさぶろう、1825年(文政8年) - 1891年(明治24年)4月30日)は、江戸時代末期(幕末)から明治時代に活躍した日本の人形師。作品は生人形と称された。 肥後国(現・熊本県)の商家に生まれる。早くから様々な職人技を覚え、日用雑貨を用いて人物などを仕立てる「造りもの」を手がけた。20歳の頃生きた人と見まごう等身大の人形を作ったので「生人形」と呼ばれた。そのまるで生きてるようなリアリズムは、幼き日の高村光雲にも強い感動を与えた。 やがて数十体の人形にテーマ性を持たせて製作し展示するようになった。 作品 歌川芳艶「来ル正月二日ヨリア浅草奥山ニテ興行」。正月の浅草に松本喜三郎製作の等身大人形が展示される(1857年(安政3年)) 幕末の1854年(嘉永7年)以降、大坂(現在の大阪)難波新地に於いて「鎮西八郎島廻り」、江戸(現在の東京)にて「浮世見立四十八癖」他を見世物にし興行した。 維新後の1871年(明治4年)-1875年(明治8年)、「西国三十三所観音霊験記」を浅草の奥山で興行を行った。 この作品は西日本の各地を巡回し、後にお里沢市で有名な人形浄瑠璃「三拾三所花野山」(「壺坂」)の祖形となった。そのうちの「活人形谷汲観音像」が熊本市の浄国寺に安置されている [1]。 熊本県熊本市来迎院に「活人形聖観音菩薩立像」が安置されている(有形文化財)[2]。 このほか桐生八木節まつりの山車に用いられた「桐生祇園祭「四丁目鉾」生人形素盞嗚尊」(桐生市本町四丁目自治会蔵)、絶作の「本朝孝子伝」などがある。 参考文献 大木透 『名匠・松本喜三郎』 熊本市現代美術館、2004年(1961年出版の同名図書の復刊) 関連項目 生人形 安本亀八 脚注 [脚注の使い方] ↑ 本覚山 浄国寺ホームページ ↑ 「活人形聖観音菩薩立像附衣装及び蓮台」- 文化遺産オンライン 典拠管理データベース 全般 VIAF WorldCat 国立図書館 ドイツ この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles