松永カントリークラブ

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松永カントリークラブ(まつながカントリークラブ)は、広島県福山市にあるゴルフ場である。

所在地 日本の旗 日本
広島県福山市神村町1388番地
開業 1961年昭和36年)10月22日
運営 メンバーシップコース
概要 松永カントリークラブ Matsunaga Country Club, 所在地 ...
松永カントリークラブ
Matsunaga Country Club
松永カントリークラブ
松永カントリークラブの空中写真。
2018年7月16日撮影。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
所在地 日本の旗 日本
広島県福山市神村町1388番地
座標: 北緯34度28分38.17秒 東経133度15分38.63秒
概要
開業 1961年昭和36年)10月22日
運営 メンバーシップコース
設計 佐藤 儀一
運営者 備後観光開発 株式会社
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4376 1 4467
2 4390 2 3187
3 4389 3 4314
4 3141 4 4426
5 4306 5 4417
6 5486 6 5553
7 3141 7 4420
8 4395 8 5510
9 5483 9 3216
363107 363510

その他
公式サイト 松永カントリークラブ
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概要

広島県福山市の大谷山の山頂に、1957年昭和32年)頃、マイクロウエーブ中継所が建設されていた、「山頂から見ると大谷池周辺はまるでゴルフ場だ」と誰いうとなく言い出した[1]。その噂が広まり福山市当局にも届き、1960年(昭和35年)10月、新たなゴルフ場の建設に向け経営母体「備後観光開発株式会社」が設立された[1]

大谷池は備後の三大池のひとつで、江戸時代から知られたの名所である[1]。コースの建設用地に広がる池は周囲2kmもある大池である[1]。ゴルフ場の名称を「松永カントリークラブ」に決め、コース設計は、佐藤儀一に依頼した[1]。佐藤は地元松永市柳津町の出身で、渡米して10年間にアマチュアゴルフ界で活躍し、100個以上の優勝杯を持ち帰った[1]。帰国後、日本アマチュアゴルフ選手権競技3連勝を含む4勝、「廣野ゴルフ倶楽部」(1932年(昭和7年)開場、設計・C・H・アリソン)のクラブチャンピオン12回の実績がある[1]

1961年(昭和36年)2月、コースの造成工事が着工され、佐藤はコース設計について「ゴルフはワングリーンで18ホール」を主張した[1]1961年(昭和36年)10月22日、造成工事が完成、18ホール、6,823ヤード、パー72規模のゴルフ場が開場された[1]。佐藤の設計コースは、20数コースあるが全てがワングリーンのコースであ[1]る。

コースの特徴は、コース用地20万坪の面積で、僅か20万立方メートルの土量の移動で、自然の地形を生かした手造りのコース造りだった[1]。池は10カ所がインコース中心に配置され、バンカーはアウトコースが56個、インコースが47個、合計103個が配置されている[1]。特にバンカーは「松永カントリークラブには1ホール毎にひとりのアリソンがいる」と恐れられた[1]

所在地

〒729-0112 広島県福山市神村町1388番地

コース情報

  • 開場日 - 1961年10月22日
  • 設計者 - 佐藤 儀一
  • 面積 - 660,000m2(約19.9万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、6,617ヤード、コースレート71.8
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 1グリーン、ニューベント
  • ハザード ^ バンカー77、池が絡むホール9
  • ラウンドスタイル - 全組キャディ付、5人乗り乗用カートでのラウンド、1組5人が原則状況によりツーサム可
  • 練習場 - 14打席230ヤード
  • 休場日 - 毎週月曜日、12月31日、1月1日[2][3]

クラブ情報

ギャラリー

交通アクセス

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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