松永家 (男爵家)

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松永男爵家(まつながだんしゃくけ)は、武家士族華族だった日本の家。近世には肥後国熊本藩士の家系で、近代に松永正敏陸軍中将を出し、その勲功により華族男爵家に列せられた[1]

近世には代々熊本藩士の家系だった[2]

明治期の当主松永正敏は、明治6年に陸軍少尉に任官して以降陸軍軍人として累進し、明治38年までに陸軍中将に昇進[1]。その間、征台の役、西南戦争、日清戦争などで武功を挙げた[2][1]。日露戦争では歩兵第三旅団長、第三軍参謀長、第三師団長として出征して功二級を賜い[2][1]、戦後第二師団長に就任し、明治40年9月21日に日露戦争における戦功により華族男爵位を与えられた[3]

明治45年2月18日に正敏が死去した後には長男正雄が爵位と家督を相続[1]。彼は陸軍歩兵中尉まで昇進した陸軍軍人だった[4]

昭和12年10月25日に正雄が死去した後にはその長男の正彦が爵位と家督を相続した[4]。彼の代の昭和前期に松永男爵家の住居は東京市中野区昭和通にあった[2]

系図

脚注

参考文献

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