松浦嘉一

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死没 1967年8月7日(1967-08-07)(75歳没)
研究分野 英文学
松浦 嘉一
人物情報
生誕 (1891-09-01) 1891年9月1日
日本の旗 日本愛知県名古屋市
死没 1967年8月7日(1967-08-07)(75歳没)
出身校 東京帝国大学
学問
研究分野 英文学
研究機関 東京高等学校第一高等学校東京大学お茶の水女子大学東京女子大学鶴見女子大学
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松浦 嘉一(まつうら かいち、1891年明治24年)9月1日 - 1967年昭和42年)8月7日)は、英文学者

出生から修学期

1891年、愛知県名古屋市で生まれた[1]第八高等学校を経て、東京帝国大学英文科に進学。大学では、夏目漱石門下として学んだ。1916年に東京帝国大学を卒業。

英文学者として

1920年、法政大学予科教授となった。1925年に東京高等学校教授となり、続いて第一高等学校教授となった。

太平洋戦争後

1946年、学位論文『ダンの修辞的映像に現れたる彼の世界観及び将来の英帝国に対して彼の抱きたる幻想』を東京帝国大学に提出して文学博士号を取得[2]。1949年、東京大学教養学部教授に就いた。1951年からはお茶の水女子大学教授として教鞭をとり、1956年に定年退職した。1957年からは東京女子大学教授をつとめ、1962年に退任。翌1963年からは鶴見女子大学教授となり、初代英米文学科長をつとめた[3]。1967年に死去。

研究内容・業績

専門は英文学で、ジョン・ダンを専門とした。1948年にジョン・ロックの『統治二論』(『政治論』の題で刊行)を初めて日本語に完訳した人物でもある[4]

松浦文庫

主に英米文学関係の蔵書1,231冊は「松浦文庫」として鶴見女子大学に収められている[5]

家族・親族

  • 岳父巖本善治は教育者。
  • 子息:松浦高嶺(1923年生まれ)は英国史研究者。

著書

脚注

外部リンク

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