松濤館流
空手の流派のひとつ
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概要
「松濤館流」という名前は、船越が昭和14年1939年(昭和14年)に東京の豊島区雑司ヶ谷に開いた道場「松濤館」に由来する。道場名の「松濤」は船越が青年時代から使用していた雅号である。
船越自身は「無流派主義」を標榜し、流派を名乗ることはなかったが1930年(昭和5年)11月に明治神宮鎮座十年祭 奉納武道形大会が開催された時に船越が出場した要覧には流派名を「昭霊流少林派」とし、肩書は大日本唐手研究會々長(元沖縄県師範学校師範、沖縄尚武會長)としている[1]。また、船越は1940年(昭和15年)5月に京都武徳殿において開催された「紀元二千六百年奉祝 第四十四回武徳祭 大演武会」に出場した時も、松濤流合同形として船越自身が出場し弟子の釘宮幸雄、野口哲亮、遠藤嘉納、植村常次郎ほかと演武。「棒術形」の部には空手道松濤館流棒術として、弟子の林義明、長谷川康彦と植村常次郎、長坂次雄の二組が演武をした[2]。これは演武会に出場するにあたり他の武道同様流名がないことを懸念して便宜上の措置であり、その後対外的には使われていない。船越の空手が広まるに連れ、他流派と区別するために日本空手協会以外の団体では松濤館流と呼ばれるようになり、船越はその開祖と見なされるようになった。
松濤館流は、1948年(昭和23年)に船越の門弟達が創設した日本空手協会(船越は初代最高師範)を筆頭に、多くの会派に分かれている。世界的に広く普及した流派の一つである。日本空手協会の1956年(昭和31年)の月報の編集後記には「協会のことを未だに松濤館流と称しているところがあるが、松濤とは船越義珍先生の号であって、先生自身も流名は名乗られなかったので、松濤館流という言葉は使わないように」との注意書きがある。
形
主な会派団体
- 日本空手協会(JKA)
- 全日本空手道連盟の協力団体。単独の会派団体として大規模な空手団体の一つである。所属する大学の例として拓殖大学、駒澤大学、青山学院大学、関東学院大学などがある。詳しくは日本空手協会の項参照。
- 日本空手道松濤會
- 船越義珍を初代会長とし、長男・義英が第二代会長となる。競技志向とは異なる方針をとり、試合競技を行わない。所属している大学の主要校としては、中央大学、専修大学、学習院大学、成城大学等がある。詳しくは日本空手道松濤會の項参照。
- 全日本空手道松涛館(AJKS)
- 2014年(平成26年)、全日本空手道連盟主導で設立し、全日本空手道連盟の協力団体となった。松濤館流会派の緩やかな連合体となっている。詳しくは全日本空手道松涛館の項参照。
- 日本空手松涛連盟(JKS)
- 全日本空手道松涛館加盟団体。浅井哲彦が設立。所属している大学の主要校としては、帝京大学等がある。芸能事務所「テアトルアカデミー」が後援している。
- 日本空手道道場会
- 全日本空手道松涛館加盟団体。詳しくは日本空手道道場会の項参照。
- 日本空手道松濤館流秀修館
- 全日本空手道松涛館加盟団体。杉守吉之輔が岡山県岡山市に設立。詳しくは日本空手道松濤館流秀修館の項参照。
- 國際松濤館空手道連盟(SKIF)
- 1978年(昭和53年)、金澤弘和が日本空手協会より独立し設立。詳しくは國際松濤館空手道連盟の項参照。
- 世界松濤舘空手道連盟(WSKF、ワールド松濤舘)
- 1990年(平成2年)粕谷均により設立。詳しくは世界松濤舘空手道連盟の項参照。
- 空手之道世界連盟(KWF)
- 矢原美紀夫が設立。詳しくは空手之道世界連盟の項参照。
- 新日本空手道連盟野崎会館・揚心館
- 野崎誠が野崎会館を設立し、同時に新日本空手道連盟を発足する。工藤正一が揚心館を設立。詳しくは新日本空手道連盟野崎会館・揚心館の項参照。
- 日本松涛館空手協会(JSKA)
- 阿部圭吾が設立。
- 日本空手道協会(JKD)
- 佐藤達美が設立。神奈川県を中心に活動。
- 松濤館岡野派 謙交塾
- 岡野友三郎が昭和17年(1942年)に設立。日本空手道連合会加盟団体。
- 致道会
- 佐々木武が設立。現会派長は全日本空手道連盟会長代行の栗原茂夫。日本空手道連合会加盟団体。
- 近代空手道会
- 近藤正拳が昭和52年(1977年)に設立。日本空手道連合会加盟団体。
- イサカ空手セミナー
- 井坂明人が設立。
- 日本空手道公津の杜道場
全日本空手道松涛館加盟団体。 詳しくは日本空手道公津の杜道場の項参照。
