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松田墳墓群

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形状 台状墓または方墳
築造時期 弥生時代後期末〜古墳時代初頭
松田墳墓群
所在地 京都府京丹後市大宮町河辺
形状 台状墓または方墳
築造時期 弥生時代後期末〜古墳時代初頭
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松田墳墓群(まつだふんぼぐん)は、京都府京丹後市大宮町河辺にある墳墓群。形状は台状墓または方墳弥生時代後期末から4世紀前半のものと推定される。松田古墳群と呼ばれることもある。

松田墳墓群では、弥生時代後期末から古墳時代初頭の墳墓が11基(B支群) として確認されている[1]。墳墓内には多数の副葬土器が供献され、複数埋葬から単独埋葬へと変化する様相がうかがえる[1]

地理的環境

京丹後市大宮町河辺の丘陵部に立地する[1]。丘陵は竹野川流域の中流域に属し、古代には交通および水運に恵まれた地域だったと考えられる[1]

歴史的環境

丹後地域は弥生時代から古墳時代において、日本海沿岸との交易や首長層の形成が進行した地域である[2]。松田墳墓群の築造は、集団墓制から個人墓制への変化が始まる時期と重なっており、当時の地域的な社会変動を反映している[2]

発掘調査

発見

松田墳墓群は、2023〜2024年度にかけて京都府埋蔵文化財調査研究センターによる第1次・第2次発掘調査が実施され、墳墓の分布・副葬品などが記録された[1]。これにより、弥生から古墳への葬送制度の変遷や墳墓形式の多様性が確認されている[1]

墳丘・墳墓

墳丘の規模や形状などについて解説する。松田墳墓群の墳墓はB支群として11基が調査され、同じ尾根上に並んで築かれている[1]。墳丘自体は考古学資料で詳細が整理されつつあり、複数埋葬から単独埋葬への変化が見られる[1]

出土品

埋葬とともに多数の土器類(壺・鉢・高杯など) が副葬品として出土しており、祭祀・供献の様子がうかがえる[1]。また、金属製品や玉類などの副葬品も確認され、副葬品の変化が時期差を示す手がかりとなっている[1]

B-12号墓からは鉄製の刀子などが出土している[3]。特に鉄製の剣は長さ約77cmであり[3]、弥生時代のものとしては日本最長級である。

B-14号墓からは辰砂を砕く際に用いるL字状の石杵が出土した。丹後地方では赤坂今井墳墓でも石杵が出土している[3]

B-17号墓からは弥生時代の銅鏃が10点まとまって出土しているが、京丹後市でこれだけまとまって出土した例はない[3]

現地情報

脚注

関連項目

外部リンク

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