松竹梅 (落語)

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松竹梅』(しょうちくばい)は古典落語の演目。「松竹梅」の文字が名前にある三人組が、婚礼の席で祝儀の余興を演じようとしてしくじるという内容。

原話は、もとは上方落語の演目で、初代松富久亭松竹の作とされる[1]。桂松光の演目帳『風流昔噺』(万延2年・1861年)には「嫁入りふれ前(ふるまい=饗応)ばなし 但シもうじゃ落ち」とあり、当初の落ち(サゲ)は「亡者になられた」だったとみられる[2][3]明治中期に4代目柳亭左楽東京に移植した[3]

類話として、初代三笑亭可楽文政6年(1823年)に出版した『江戸自慢』の一編である「春の花むこ」がある(「梅の仙人」という古木が同じ庭に植わっている白いが好きになり、ヒメユリを仲人に婚礼を挙げたところ、その晩に植木屋が剪定ばさみを持ってやってきて木々が縮こまっていると「今宵花婿が来るそうな。これを無邪気に切るでない」とそのまま引き上げ、仲人が「このうちどなたもお開きなせえ」という内容)[4]武藤禎夫は同内容を享和4年(1804年)の『東都真衛』(えどまえ)収録「春の花聟」から引用している[3]

※以下、武藤禎夫『定本 落語三百題』掲載の内容に準拠する[3]

松太郎、竹次郎、梅吉の三人兄弟が、出入りする商店の婿入りに、名前の頭文字が「松竹梅」となるため招かれることになる。その招待状を見た隠居から「祝いの余興」をやることを提案される。その内容は、謡曲に似た節でまず松さんが「なったぁ、なったぁ、蛇(じゃ)になった、当家の婿どの、蛇になった」といい、次に竹さんが「なんの蛇になぁられた」と続け、最後に梅さんが「長者になぁられた」と言ってから「おめでとうございます。お開きにいたしましょう」としめるものだった。

松さんと竹さんは練習して習得したが、梅さんは台詞覚えが不安なまま、祝儀の当日を迎える。不安は的中して梅さんは「風邪(ふうじゃ)」や「大蛇」と間違った台詞を連発した末に「亡者になられた」とやってしまう。松さんと竹さんは会場を後にして隠居の所に赴き、起きた出来事を伝え「梅の奴はきまりが悪いのか、部屋の隅の方でしおれていた」と言うと隠居は「それは心配しなくてもいい。梅さんだから、今時分は一人で開いているだろう」。

バリエーション

当初の落ちとも目される「亡者になられた」の部分で話を切ることは現代においてもおこなわれており、武藤禎夫は「おひらき」の落ちが「後代になって付け加えた蛇足の感があるためだろう」と述べている[3]。この落ちで話を切る口演では『亡者』の演題が使用されることもある[3]

他メディアでの使用

脚注

参考文献

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