落款に伯照軒または伯笑軒と号す。作画期は宝永から享保にかけての頃で、懐月堂派の画風で肉筆美人画を描いているが、その門流であったかどうかは定かではなく、むしろ違う一派をなしていたのでないかともいわれている。現在十数点の肉筆画が知られ、版画の作は確認されていない。画風は懐月堂派の絵師たちの作品に比べ温雅と評され、「伯照軒」の落款のあるものと「伯笑軒」の落款のものとでは画風に微妙な違いがあるという。また残されている絵の多くは絹地で良質の絵の具を用いていることから、富裕層向けに絵を描いていたらしいことが窺える。