林千代作 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 神奈川県横浜市南区伏見町生年月日 (1947-05-04) 1947年5月4日(78歳)身長体重 179 cm86 kg林 千代作基本情報国籍 日本出身地 神奈川県横浜市南区伏見町生年月日 (1947-05-04) 1947年5月4日(78歳)身長体重 179 cm86 kg選手情報投球・打席 左投左打ポジション 外野手プロ入り 1965年 ドラフト2位初出場 1966年9月25日最終出場 1969年10月7日経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 鎌倉学園高等学校 読売ジャイアンツ (1966 - 1969) 監督歴 横浜ベイブルース (2010) この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート 林 千代作(はやし ちよさく、1947年5月4日 - )は、神奈川県出身の元プロ野球選手(外野手)。 鎌倉学園高校では、1964年に夏の甲子園神奈川県予選の決勝戦に進出するが、武相高に5-3で惜敗。この大会では準決勝、決勝とも本塁打を放った。翌年夏の県予選も準決勝で日大高に敗れ、甲子園大会には出場しなかったが、恵まれた体と長打力で各スカウトからマークされていた。在学中の公式戦打率は.323、本塁打は22本。 ノンプロ日本軽金属に入社が内定していたがこれを断り、1965年のドラフト2位で巨人に入団。1966年から一軍で起用され、9月27日の大洋ホエールズとの試合では、この試合で日本通算100勝を達成したジョー・スタンカから初本塁打を放つ。1967年のジュニアオールスターにも出場。1969年には14試合に出場するが、同年限りで現役引退。 高卒新人として入団1年目に初本塁打を放つが、これはドラフト制採用以後の巨人では1993年に松井秀喜が11本塁打を記録するまで、林のみが成し遂げたものである。その長打力は完成すれば王貞治以上の逸材と期待されたが未完に終わった。 2010年に社会人野球のクラブチーム・横浜ベイブルースの監督を務めた。一身上の都合により同年9月に退任している。 詳細情報 年度別打撃成績 年度球団試合打席打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁盗塁死犠打犠飛四球敬遠死球三振併殺打打率出塁率長打率OPS 1966 巨人 2331100141000000010.333.3331.3331.667 1967 5550000000000000020.000.000.000.000 1968 2220100010000000010.500.500.5001.000 1969 1412122420062100000030.333.333.500.833 通算:4年 23222236201113100000070.273.273.500.773 記録 初出場・初打席:1966年9月25日、対中日ドラゴンズ24回戦(後楽園球場)、6回裏に柴田勲の代打として出場、水谷実智郎の前に凡退 初安打・初本塁打:1966年9月27日、対大洋ホエールズ26回戦(川崎球場)、8回表にジョー・スタンカからソロ 初先発出場:1969年8月2日、対阪神タイガース15回戦(阪神甲子園球場)、6番・右翼手で先発出場 ※偵察メンバー、1回裏の守備から国松彰に交代 背番号 37 (1966年 - 1969年) 関連項目 神奈川県出身の人物一覧 読売ジャイアンツの選手一覧 表話編歴読売ジャイアンツ - 1965年ドラフト指名選手指名選手 1位:堀内恒夫 2位:林千代作 3位:江藤省三 4位:広瀬邦敏(入団拒否) 5位:才所俊郎 6位:宇佐美敏晴 7位:西山敏明(入団拒否) 8位:深津修司(入団拒否) この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。表示編集 Related Articles