林国雄 From Wikipedia, the free encyclopedia 林 国雄(はやし くにお、1758年(宝暦8年)- 1819年3月22日(文政2年2月27日))は、江戸時代中期から後期の国学者、狂歌師である[1][2]。号は常盤居(常盤舎とも[1])[2]、松園[1][2]、棹歌亭[2]。通称は主税[1][2]、山崎千右衛門[1][2]。狂歌名は棹歌亭真楫[1]。 常陸の水戸生まれ[1][2]。江戸に入り[2]、鎗奉行として知られ甲府勤番を務めた八木丹波守に仕える[2]。その後は鹿津部真顔から狂歌[1][2]、本居宣長及び平田篤胤から国学や和歌を学ぶ[2]。その後は八木家を離れ[2]、山崎家の養子となるも短期間で絶縁した[2]。 その後は武蔵や上総、下総等の関東諸国や信濃、越後、奥羽等東日本を中心に遊歴し[2]、江戸に戻り四谷の苅豆店に移住し塾を開き[1][2]、国学のみならず講釈も行い多くの門人を育てた[2]。弟子(養子とも)に林甕雄がいる[2]。 主な著作物 主著 『言葉(詞)の緒環』 その他の著書 『皇国之言霊』 『松葉集』 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “林国雄”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社). 2023年8月10日閲覧。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 “林国雄”. 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版). 2023年8月10日閲覧。 典拠管理データベース 全般 VIAF 国立図書館 日本 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。表示編集 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles