林家染団治 (2代目)
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来歴
嘗ては漫才師「こあじコースケ」のコンビ名でデビュー。テレビ、ラジオ、心斎橋筋2丁目劇場などで活躍。1991年7月に落語家の4代目林家染丸に再出発し染輔を名乗るも、テレビのものまね番組に出演した際にテロップに「林家染輔」ではなく「そめすけ」と表示されていたのを師匠らに指摘されたのが切っ掛けでそめすけと改名。同年落語家としてトリイホールで初高座。
古典落語や創作落語のほか、大阪芸人のものまねで漫談などをする。また西川まさととコンビを組んで舞台に出ていたこともある。
2011年から「大阪人情落語24区」と銘打って各区にちなんだの人情噺づくりに取り組んでいる。
2026年1月15日、大阪市内で会見を開き、同年4月12日に朝日生命ホールで行われる公演より、二代目林家染団治を襲名することを発表した[1]。林家染団治の名跡は初代が戦前に上方で落語修業した後に上京して漫才に転向、帝都漫才組合(現在の漫才協会)を設立し初代会長に就任している。その後は1970年代前半頃まで活動していたが、その後は消息も含めて途絶えており、二代目の襲名により約半世紀ぶりの名跡復活となる[2]。