林直助 From Wikipedia, the free encyclopedia 林 直助(はやし なおすけ、1871年3月24日 - 1953年5月13日)は、明治時代から昭和時代の医学者、寄生虫学者、病理学者。ツツガムシ病研究の第一人者として知られる。 岐阜県恵那郡福岡村(現中津川市)に生まれた。1897年11月、第一高等学校医学部を卒業後、東京帝国大学医科大学衛生科選科に入学したが、翌年退学している。1900年に検疫官を命ぜられ、1901年2月に退職した。同月に京都帝国大学医科大学に入り藤浪鑑教授の助手となり、病理学、恙虫病について研究をおこなう。1906年、恙虫病調査委員を嘱託された。同年12月、愛知県立医学専門学校の教諭となり、病理学や病理解剖学などを担当した。1913年1月、論文「恙虫病病理解剖並に組織学的研究」により、医学博士の学位を授けられた。1917年2月、医学専門学校教授となった。1918年2月、病理学研究のため欧米各国に留学し、アメリカのロックフェラー研究所の病理部において病理学を研究し、野口英世とともに病原微生物の研究に従事した。1921年8月に帰国、1922年7月15日、県立愛知医科大学の教授となった。恙虫病の原体発見は緒方規雄に先を越されたが、1932年の退職後は、郷里の岐阜県恵那郡福岡村の自宅に戻り、静養中に逝去した[1][2]。 脚注 ↑ コトバンク 林直助 ↑ 名古屋大学 1913年 林直助 恙虫病 Related Articles